幕末に、多くの志士を育てながら二十九歳で死んだ吉田松陰は、「短い人生でも、百年生きたのと同じ人生になることもある」と言ったという。人生は長ければいいというものではない。百五十歳まで生きても、生き方によってはその人生が成功だったとはき守えないのである。
仕事は目的ではなく手闘である
基本的に、子どもは勉強が嫌いだ。たとえば、難しい数学の定理とか、日常使わない漢字などを勉強しているとき、「何のためにこんなことを覚えなければいけないのか」という疑問をもつ。そうした疑問に対して、親や教師はたいていの場合「将来のため」と答えることが多い。
そして、将来のためとは、将来暮らしに困らないような生活を送るためであり、それが、多くの親が考える子どもの未来像だろう。だから、就職をひかえた若者の就職観も同様に、仕事や内定を得ることが目的になっている。「何のために働くのか」という質問をすると、「生きていくため」「食べていくため」という答えが異口同音に出てくるのだ。
彼らの思考はそこで止まってしまっている。「それならば、何のために生きるのか」という質問でさらなる答えを追求すると、答えに窮してしまうのだ。なかには、「死なない夢をつかみ取るための心構えために」と答える人もいる。
しかし、死なないために生きているのであれば、犬や猫と大差はない。もしかしたら、盲導犬や聴導犬など訓練された犬は、みずからが餌を食べているのは「死なないため」ではないのだと、みずからの使命を理解しているかもしれない。そうだとしたら、死なないために生きている人間は、犬以下ということになる。
もちろん、死んではいけないとは思う。しかし、死なないということは、断じて生きるための目的ではない。大事なことは、「何のために死なないのか」だ。そして、「何のためにみずからは死にたくないのか」を考えてみれば、自ずから、死にたくないのは何かをやるためだということがわかるはずだ。
何をやるか。その答えが見つかったとき、人生の目標ができる。そうすれば、「死なないため」ではない、新たな目的が出てくる。そこで初めて、やらなければいけない仕事が見えてくるのである。
ところが、ほとんどの人は、みずからはそんな大それた目的をもっても仕方がないと思っているようだ。そのような目的をもつのは、能力に長けた一部の人間だけだと思い込んでいるらしい、たしかに、神様は不公平なもので、頭がいい、悪いの差をつけて、人間をこの世に送り出している。
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